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『夢の体現と夢への一歩』#ベトナム就職ブログ

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Posted by Hiroaki Shibata

over 1 year ago

今回はホーチミンの日系食品メーカーで勤務されている風間美里(かざまみさと)さんです。子供の頃から「海外で働きたい・行きたい」という夢を持ち、それを実現した風間さんが今後見据える目標とは?!

松本:

それでは自己紹介をお願いします!

風間:

風間美里24歳です。今年の4月からベトナムに来て、日系の食品メーカーにて勤務しています。主に、日系レストランやホテルなどへ営業活動をしています。お肉やベーコン、ソーセージなどの加工食品の営業を担当しています。
 

 

松本:

なるほど!企業の名前を全く知らない僕でさえ、風間さんの会社は知っているのですが、日本と比べて、ベトナムではどんな評価を受けますか?

風間:

実際、私は日本本社では働いたことが無いのですが、やはりクオリティとブランド力の面ではかなり評価されています。お店やホテルによっては質が少し悪くても、安ければいいという所もあるので、そういうところは仕入先を変えられたり、、、ただクオリティでは必ず負けない自信があります!!!

松本:

これまでの経歴を教えて下さい!

風間:

大学の時に農学部国際地域開発学科に所属していました。自分自身、幼いころから農業が好きで、日本にある農業技術を海外に発信したいという気持ちがありました。

また在学中にフィリピンのNGOに参加し、元々小さい頃から、海外に行く・働くことが夢だったので、よりそこで気持ちが強くなりました。

松本:

海外に視野を持ったのはなぜですか?

風間:

第一に父からの影響が大きいです。父が若い時に世界を旅していた話を聞いていたので、海外への憧れがありました。

また、先ほど言ったように日本の技術を海外に伝えたいという気持ちがあったので、アジアで挑戦してみたい!と思ったのと、今後アジアは経済的に伸びていき、逆に日本は衰退していくだろうと思っていたので、日本から出て視野を広げたいと思ったからです。

松本:

それではいきなり海外に出たのですか?

風間:

大学卒業後は、農業学部だったこともあり、“食”に関わる仕事がしたいと思い、日本の飲食のベンチャー企業に勤めました。海外にすぐ行かなかった理由はシンプルに社会人経験がなかったからです。まずは日本の会社はどんなものなのかを見てみたいを思いました。

その会社は上海やジャカルタにも拠点があり、将来的には海外勤務も視野に入れていましたが、社内事情により内部から行くことが難しくなった為、1年半で辞めることを決断しました。

松本:

それからはどうしたんですか?

風間:

去年の10月に前職を辞め、11月から2月までフィリピンに語学留学をしました。前職の先輩の同期の方がフィリピンの語学学校で働いており、その方に紹介して頂き、勉強する決意をしました。

その方は以前ジャカルタで現地採用として働かれており、「海外で働くなら、英語は必須だよ」と伺い、その通りだと納得したことが留学を決めた理由です。

それから転職活動をして、いくつかの会社を受けましたが、自分の中でやはり“食”に通じる職業に就きたかったこと、現地採用でもほとんど日本語しか話さない企業より、私は現地の人たちと一緒に働きたかったので、今の食品メーカーに決めました。

また私の上司の方が長く働いてくれる人を探していたこと、凝り固まった考えよりも若い人の柔軟な考えを重視していたことも採用して頂いた要因です。

 

「否定するな!理解しろ!」

松本:

ベトナムで働いていて、苦労したエピソードありますか?

風間:

私にはアシスタント(日本語通訳)がついていないので、コミュニケーションはほぼ直接自分でやりとりしています。英語を使用していますが、お互いに第二言語同士なので、試行錯誤しながら伝えていますね。例えば、言うだけだと英語の発音が異なり伝わらないので、文字で書いたりしています。

最初は相手が理解できていなくても、「OK」と言って、自分から諦めていました。でもそれだと仲が縮まらないことに気づいて、自分が逃げてはいけないと思うようになりました!相手も知りたいと思っているのだから、より向き合おうと。

今でもミスコミュニケーションはありますが、如何にしてそれを乗り切るかを考えながら日々を送っています。でもそういう違いは楽しいですけどね。笑

松本:

それを楽しめていることがデカイですね!!なぜそう思えるんですか?

風間:

学生の時に国際協力について学んでいたからですかね。あと私の尊敬している教授が「他国の人間社会、文化が間違いとか正しいとかではなく、違いを知り理解できるようになりなさい」と言われ、その言葉が自分の中ではすごく大きくて、今はその言葉に助けられています。その教授に出会わなかったら、今の自分はいないと本気で思います。

松本:

なにがその教授と合ったのですか?

風間:

大学時代の研究室の教授です。教授がフィリピンで実際にNGOをされていたこともそうですし、教授の「自分だけが良いのではなく、困っている人を良くするために何かする」という精神に私自身が非常に共感したからです。

 

現地採用だからこそ、できること

松本:

それでは一番印象に残っているエピソードを教えてください。

風間:

私の会社には新しいお客さんを獲得したら、一緒に営業に行ったベトナム人がインセンティブ(報酬)を貰えるという仕組みがあります。お金を貰えたら皆嬉しいですし、何よりスタッフの日常生活が豊かになればと思っています。自分の中でそれが一番のやりがいです!

ある時、新しいお客さんを獲得した時に一緒に営業に行ったベトナム人のスタッフの女の子が、私にご飯を奢ってくれたんですよね!それもベトナム人にとっては少し高い6.7万ドンほどのフォーを。私が一緒に営業に行ってくれたから、インセンティブがもらえたと言っていて、それが本当に嬉しかったんです!!

私がベトナム人としてではなく、1人の人としてスタッフと接していたからこそ、彼女もそういう行動取ってくれたのかなーと思います。その他にもベトナム人のスタッフの子達がご飯やカフェを気軽に誘ってくれたりすることはとても嬉しいです。

その人や企業にもよるので一概には言えないですが、ベトナム人と駐在員の間の立場である現地採用だからこそ、このような経験が出来るのだと思います。

 

地元に貢献したい

松本:

風間さんって本当に計画性ありますよね!“食”とか“NGO”とか“語学留学”とか全部、今に何かしら結びついてますもんね。そんな風間さんの今後が知りたいです!

風間:

正直、自分が最終的に何をするのかはグラついています。でも”自分の地元を活性化させること”がずっと先の夢ですかね!

松本:

え!日本から出ないとって言ってたじゃないですか。

風間:

大学時代に研究していたNGOでは、養豚や、ココナッツからのファイバーを利用して、現地の女性に副収入を得られる機会を提供していました。

その時に「これって現地の人が自発的にやらないと意味ないのでは」と思いました。その時にふと「自分の地元もヤバイ」って思ったんです。

私の地元が新潟ですけど、めちゃめちゃ田舎で、小学校の同級生は10数名しかいません。地元が過疎化している現状を「なんとかしないといけない!」と思いました。多分、それができるのはそこで育った人がやるべきなのではないかと思っています。

松本:

今後どのように貢献しようと思いますか?

風間:

例えばですが、”新潟のモノを海外に発信する”

こうすれば、今私がしている“日本の食品をベトナムに発信する”と繋げられますし、今の経験が必ず生かせると思っていますね!

 

“夢の体現と夢への一歩”

松本:

さて、それではいつもの“アレ”を頂きたいです!

風間:

え!なんですか!?笑

松本:

風間さんにとってベトナム(就職)とは?

風間:

”夢の体現と夢への一歩”です!

小さい頃からの夢であった「海外に行きたい!働きたい!」ということを今体現し、今後は地元の新潟を盛り上げるという次の夢に向かっています。

今、ベトナムでしていることは少なくともそれらに繋がっていると思います!ただ何でどのようにして、新潟とベトナムを結び付けるかは模索中です。そんな野望も抱きまだまだこれからです。

松本:

ありがとうございます!絶対この一言デカ文字で書かして頂きます!笑

風間:

絶対いやです!やめて下さい!笑